住所 | 新城市竹広字信玄原 | アクセス | 「新東名」 新城IC~車 1.4km(8分) ・浜松いなさI.C~車約30分 18.5km ・豊川IC~車約28分 15.3km |
---|---|---|---|
営業時間 | トイレ | なし | |
料金 | クレジットカード | ||
定休日 | バリアフリー | なし | |
電話番号 | 0536-22-0673(設楽原歴史資料館) | 周辺施設 | ・設楽原歴史資料館0536-22-0673 |
駐車場 | 50台 | ||
ホームページ |
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住所 | 新城市竹広字信玄原 |
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電話番号 | 0536-22-0673(設楽原歴史資料館) |
駐車場 | 50台 |
アクセス | 「新東名」 新城IC~車 1.4km(8分) ・浜松いなさI.C~車約30分 18.5km ・豊川IC~車約28分 15.3km |
トイレ | なし |
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バリアフリー | なし |
周辺施設 | ・設楽原歴史資料館0536-22-0673 |
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火おんどりの由来
1575(天正3)年5月21日、決戦の激戦地となった竹広地区の村人は、戦没者を大小二つの塚に手厚く葬った。しかし、その夏に塚から蜂が大量発生し、信州往還を通る人や馬を刺し害を与えた。村人はこれを武田軍戦没者の亡霊と信じ、川路の和尚に頼み大施餓鬼を営み、夜には松明を灯して供養したところ、不思議にも蜂は出なくなったという。これが「火おんどり」の始まりと伝わっている。
この地に散った戦国武者の願いを受け止め、戦いが済んだ戦場の後片付けをし、両軍の戦死者を手厚くまつった先祖の心を誇りに思うからこそ、400余年一度たりとも休むことなく続いてきたといえる。
現在まで一度も雨で中止になったことがない。
※20:45になると照明が消され暗くなるため、20:30過ぎには入るようにする。